底すら見えぬ深い海。果てなき荒野。息をのむほどに広大な大空。 人はいつも未知なる世界に胸を躍らせ、そこにロマンを求めてきました。未だ見ぬ謎を解明しようと、これまで幾万人もの人間がその深淵へと挑んでいったのです。
――駆ける衝動、そして「憧れ」というのは、決して止められない。
「戯言シアター」へようこそ。案内人のサミっつーと申します。 本日は、その憧れの究極の形を描いた作品、『メイドインアビス 深き魂の黎明』について語っていこうと思います。
映画概要
基本情報
| 作品名 | 『メイドインアビス 深き魂の黎明』 |
| 公開日 | 2020年1月17日 |
| キャスト | リコ:富田美憂 レグ:伊瀬茉莉也 ナナチ:井澤詩織 ボンドルド:森川智之 プルシュカ:水瀬いのり |
| 監督 | 小島正幸 |
| エンドクレジット | 「FOREVER LOST」MYTH & ROID |
| ジャンル | アニメ |
| 上映時間 | 104分 |
あらすじ
隅々まで探索されつくした世界に、唯一残された秘境の大穴『アビス』。
イントロダクション | 劇場版「メイドインアビス」-深き魂の黎明- 公式サイトより引用
どこまで続くとも知れない深く巨大なその縦穴には、
奇妙奇怪な生物たちが生息し、
今の人類では作りえない貴重な遺物が眠っている。
「アビス」の不可思議に満ちた姿は人々を魅了し、冒険へと駆り立てた。
そうして幾度も大穴に挑戦する冒険者たちは、
次第に『探窟家』と呼ばれるようになっていった。
アビスの縁に築かれた街『オース』に暮らす孤児のリコは、
いつか母のような偉大な探窟家になり、アビスの謎を解き明かすことを夢見ていた。
ある日、母・ライザの白笛が発見されたことをきっかけに、
アビスの奥深くへ潜ることを決意するリコ。
リコに拾われた記憶喪失のロボット・レグも
自分の記憶を探しに一緒に行くことを決意する。
深界四層でタマウガチの毒に苦しむリコ。
リコを救ったのは成れ果てのナナチだった。
ナナチを仲間に加え、ボンドルドの待つ深界五層へと三人は冒険を進める。
そこで、プルシュカと名乗る女の子に出会い…
予告映像
感想&考察
感想
『メイドインアビス 深き魂の黎明』は、ファンタジーの皮をかぶった過酷な深淵を描く本作において、ひときわ異彩を放つ「黎明卿ボンドルド」との死闘を描いた傑作だ。観終わったあと、胸に深く突き刺さるのは、恐怖や怒りだけではない。そこには、悪逆非道でありながら認めざるを得ない彼の「圧倒的な格好よさ」と、あまりにも残酷で美しい愛の形があった。
悪逆非道、しかし確かな「実績」を持つ男のカリスマ
ボンドルドは、間違いなく弁護の余地のない悪党だ。子供たちを実験台にし、人間の尊厳を奪うその行いは冷酷極まりない。しかし同時に、彼は探窟家として比類なき偉業を成し遂げた人物でもある。 誰もが諦めるような過酷な環境に前線基地(イドフロント)を作り上げ、アビスの謎を次々と解き明かした。彼の冷徹な合理主義と、人類の進歩に捧げる情熱がなければ、多くの謎は闇に葬られたままであったろう。この「悪行の果てにある圧倒的な実績」こそが、彼を単なる小悪党ではなく、誰もが恐れ敬う「白笛」たらしめている。
さらに、敵としてのフォルムが文句なしに格好いい。漆黒のパワードスーツに身を包み、スリットから妖しく光る紫の光。洗練されたデザインと、静けさの中に圧倒的な力を秘めた佇まいは、一人のダークヒーローとしての完成された美学を感じさせる。
罰しきれないリコたち、そして本物の「プルシュカの思い」
この物語をさらに複雑で深いものにしているのは、リコたちの立ち位置だ。 ボンドルドはレグを痛めつけ、子供たちの命を奪った。憎むべき仇敵であるはずだが、リコたちは彼を完全には「罰しきれない」。なぜなら、ボンドルドの行動原理の根底にあるのは、アビスの底を目指すという、リコと全く同じ「あくなき好奇心と憧れ」だからだ。手段が異常なまでに狂っているだけで、本質的な魂の指向は同じ。リコ自身、その同族嫌悪と共感が混ざり合った複雑な感情を抱いているからこそ、彼をただの「倒すべき悪」として断罪しきることはできない。
そして、その関係の象徴となるのが、彼の娘であるプルシュカだ。 彼女がボンドルドに向ける愛情や、「お父さんの役に立ちたい」という願いには、一切の偽りがなかった。洗脳されたわけでもなく、純粋に彼女の意思として紡がれた思いは、まぎれもなく本物だった。だからこそ、その純真な愛がボンドルドの実験に利用されていく展開は、観る者の心を激しく揺さぶる。
「お互いを想い合う」という、最もおぞましい呪い
本作の恐怖の絶頂であり、最大の見どころは、アビスの呪いを肩代わりさせるための生体パーツ「カートリッジ」の真実だ。 この技術が恐ろしいのは、ただ人間を道具にしている点ではない。カートリッジが機能するためには、「解体される側(子供)が、呪いを受ける側(ボンドルド)を心から愛し、祝福していること」が不可欠だという点にある。
- 子供たち:「大好きなパパの役に立ちたい」と心から願い、命を捧げる。
- ボンドルド: その愛を100%理解し、子供たちの名前を一人ひとり覚え、心からの愛と感謝を持って彼らを消費する。
「お互いがお互いを強く想い合っている」という、本来なら美しいはずの絆が、怪物的なシステムを成立させるための絶対条件になっている。この構造こそが、本作が到達した究極のおぞましさだ。ボンドルドの愛には嘘がない。嘘がないからこそ、どんな悪意よりもタチが悪く、底知れない恐怖を感じさせる。
小ネタ
祈手(アンブラハンズ)の装備に隠された「名前」
ボンドルドの精神を宿す肉体であり、彼の忠実な部下たちである「祈手(アンブラハンズ)」。
実は彼らのヘルメットのパーツや装備には、それぞれのコードネーム(名前)の頭文字がデザインとして刻まれています。
映画の後半、レグと激しい戦闘を繰り広げる祈手たちをよく見ると、胸元や肩、額のあたりに「G(ギャリケー)」や「T(テパステ)」といった文字が落とし込まれています。モブに見える彼ら一人ひとりにも、しっかりと設定が存在しているのがこの作品の凄さです。
プルシュカの髪が「緑色」である悲しい理由
映画の回想シーンで描かれた、赤ん坊の頃のプルシュカ。彼女はアビスの5層で生誕し、上昇負荷(全感覚の喪失と意識混濁)の影響で、生まれた時から体が硬直していました。
彼女の髪が綺麗な緑色をしているのは、単なるキャラクターデザインではありません。「5層の呪い(上昇負荷)によって、肉体に変異が起きていた名残」だと原作者のつくし先生が明かしています。
5層の呪いから生き残った奇跡の代償が、あの独特な髪色だったのです。彼女の過酷な生い立ちが髪色一つにまで隠されています。
カートリッジのシーンで「湯気」が立っている恐怖
原作漫画でも衝撃的だった「カートリッジ(人間の子供を生かしたまま箱詰めにしたもの)」ですが、映画化にあたって映像としてのリアリティが劇的に強化されました。
劇中でカートリッジが消費され、ボンドルドの背中から排出されるシーンをよく見てみてください。 箱の隙間から「どろりとした液体(栄養液や排泄物の混ざったもの)」がこぼれ落ち、かすかに「湯気」が立っているのが確認できます。
これは、ついさっきまで生身の人間としての体温があったことを示す、映画ならではの恐ろしくもリアルな演出です。スタッフの執念が恐ろしい……。
エンドロールに仕掛けられた「アビスの呪い」
映画の最後、余韻に浸るエンドロールですが、ここにも仕掛けが用意されています。
背景の文字や映像の演出をよく見ると、すべての要素が「下から上へと昇っていく(上昇する)」ようにスクロールしていきます。
観客である私たちが、映画を見終わって席を立つ(=上昇する)ことで、「自分たちもアビスの呪い(5層の上昇負荷)を追体験させられている」かのような、ニヤリとできる(そしてゾッとする)映画館ならではの演出になっています。
劇伴(音楽)の収録に隠された「狂気」
本作の劇的な世界観を支えるケビン・ペンキン氏の音楽ですが、ボンドルドのテーマ曲とも言える『Rumble of Scientific Triumph(科学的勝利の轟音)』などの合唱(コーラス)パートには、あえて少年合唱団の歌声が使われています。
ボンドルドが作中で子供たちに何をしてきたか(どう利用してきたか)を知った上でこの美しい少年の歌声を聴くと、「劇伴の選定そのものが最大の狂気」であることに気づかされます。
考察
アビスの深層を目指す者にとって最高峰の証である「白笛」。その原料となる「命の響く石(ユアワース)」は、使用者にすべてを捧げる確固たる意志を持った「人間」そのものである。 「不動卿オーゼン」や「殲滅卿ライザ」といった他の白笛たちも、かつて誰かの命のすべてを捧げられることでその笛を手にしてきた。では、他の白笛のケースと比べた時、なぜプルシュカはあのような凄惨な最期からリコのユアワースへと変化できたのだろうか。そこには、従来の白笛の誕生とは一線を画す、圧倒的な奇跡が存在する。
従来の白笛が持つ「一対一の信頼関係」
通常、白笛が誕生する背景には、探窟家と志願者の間に築かれた「長年の強固な信頼関係」や「一対一の深い絆」があると考えられる。
- オーゼンやライザの場合: 彼女たちの白笛の原料となった人物が誰であるかは明言されていないが、白笛の条件(使用者に全てを捧げる意思)から逆算すれば、彼女たちのために命を捨てることを厭わない、かけがえのない相棒や信奉者であったはずだ。そこには、互いの歩んできた歴史と、納得の上で命を託す「相思相愛の生前からの関係性」が存在していた。
しかし、リコとプルシュカの関係はこれとは大きく異なる。二人が出会ってから、プルシュカが石になるまでの時間は、ほんの数日。伝統的な白笛たちの絆の深め方と比べれば、圧倒的に短い時間しか二人は共有していない。
ボンドルドという「所有権」の呪縛を上書きした意志
プルシュカがユアワースになる上で最大の障壁だったのは、彼女が「ボンドルドのために命を捧げるよう育てられた存在」だった点だ。
前述の通り、プルシュカの愛は本物であり、彼女の命は本来ボンドルドのためのカートリッジとして消費された。ボンドルドのシステム通りにいけば、彼女の命の紋章はボンドルドに適合するはずであり、実際ボンドルドはプルシュカの命を自らの祝福のために利用した。
それにもかかわらず、彼女の遺体から溢れ出た石が適合したのは、ボンドルドではなく「リコ」だった。ここに、他の白笛にはないプルシュカだけの特異性がある。
短い時間であったが、リコと過ごした時間は、プルシュカにとって「パパの役に立つこと」以外のじめての「外の世界(冒険)への憧れ」だった。ボンドルドに解体され、意識が混濁していく極限の絶望の中で、彼女の魂の最期の願いは「パパのため」から「リコと一緒に冒険に行きたい」「リコを助けたい」へと完全に塗り替わった。 長年刷り込まれてきたボンドルドへの愛や呪縛を、リコへの純粋な憧れと友情が、死の間際の一瞬で上書きしたのである。
白笛たちの引き合いから見える、プルシュカの「純度の高さ」
オーゼンやライザの白笛は、大人の探窟家同士が覚悟の果てに生み出した「意志の結晶」と言える。そこにはアビスの謎への挑戦や、生への諦念、あるいは大人の信頼関係という複雑な文脈が絡み合っているだろう。
一方で、プルシュカがリコの医師(ユアワース)に変わった理由は、子供ゆえの「あまりにも無垢で、爆発的な純度の憧れ」にある。 命を奪われ、肉体をバラバラにされるという、アビスのあらゆる悪意を煮詰めたような最悪の状況にありながら、彼女の心に残ったのは「リコを想う気持ち」だけだった。
のちの展開で、この石の声を聴ける者が登場した際、プルシュカが「リコを傷つけないで」「一緒に旅ができて嬉しい」と言葉を発するように、彼女の魂は肉体を失ってもなお、リコを守る防壁として機能し続けている。
アビスの理さえも超越した、少女の憧れ
他の白笛たちが、相応の年月と覚悟をもって「命の響く石」を手に入れたのに対し、リコはプルシュカの命を求めたわけではなく、むしろ彼女を救おうとしていた。それなのに笛が誕生したのは、プルシュカの「リコを想う心」が、アビスの残酷なシステムやボンドルドの支配さえも超越してしまったからに他ならない。
凄惨な儀式の歴史を持つ他の白笛たちと比較しても、プルシュカがリコのユアワースへと変化を遂げた経緯は、絶望に満ちた深淵の中で奇跡的に咲いた、最も純粋で美しい「魂の選択」の証明なのである。
作品をより楽しむために
本作は、テレビアニメ第1期の直結する続編であり、物語がガラリとシリアスさを増す重要なエピソードです。 ただストーリーを追うだけでなく、「アビスの世界のルール」と「ボンドルドという男の特異性」を事前に頭に入れておくと、作中で起こる出来事の恐ろしさと美しさがより鮮明に浮かび上がってきます。
観る前に絶対に知っておきたいポイントを3つに絞って解説します。
「深界五層」と「深界六層」の圧倒的な壁
物語の舞台となるのは、深界五層「なきがらの海」から、さらにその奥の六層への入り口です。この2つの層の間には、肉体的にもシステム的にも「絶望的な壁」が存在します。
- 五層の上昇負荷:全感覚の喪失、意識混濁、それに伴う自傷行為 (五層から四層へ戻ろうとするだけで、五感が奪われ自我が崩壊しかけます)
- 六層の上昇負荷:人間性の喪失、もしくは死 (一度六層に降りたら、二度と人間の姿で戻ってくることはできません。これを「ラストダイブ(絶界行)」と呼びます)
映画では、この「戻れない旅」に出ようとするリコたちと、それを五層の最下部で待ち受けるボンドルドの対峙が描かれます。五層の呪いがいかに凄惨かを知っておくことで、登場人物たちの命がけの選択の重みが伝わります。
六層へ行くための必須アイテム「命を響く石(ユアワース)」
リコたちが目指す深界六層へ進むためには、五層にある遺物「祭壇」を起動させる必要があります。しかし、この祭壇を動かすには「命を響く石(ユアワース)」、通称「白笛」が絶対に欠かせません。
この「命を響く石」の正体は、「持つ者のために、自らの命を捧げる強い意志を持った人間」が特殊な呪いによって結晶化したものです。 リコが持っている白笛(プルシュカが変化したもの)が、なぜあの形をしているのか、そしてなぜボンドルドがそこまで「白笛」や「愛」にこだわるのか――。そのすべての根底にこのルールがあります。
ボンドルドという男の「異常なまでの純粋さ」
本作のボスであり、アニメ史に残る悪役として名高い「黎明卿ボンドルド」。彼は多くの非道な人体実験を行っていますが、決して悪意や快楽でそれを行っているわけではないという点が、この映画を観る上で最も重要なポイントです。
- 彼の原動力は「人類の夜明け(進歩)」への純粋な探究心
- 実験台にした子供たちを、本気で愛し、感謝し、名前をすべて覚えている
- 自身の肉体すら、探究のための「ただのパーツ」としか思っていない
彼はリコたちを敵視しておらず、むしろ「愛すべき次世代の冒険者」として歓迎しています。 「悪意がないからこそ、絶対に話が通じない」という、超越した探究者の不気味さとカリスマ性に注目して観ると、彼の一挙手一投足がゾッとするほど魅力的に見えてくるはずです。
これらの設定を踏まえて映画を観ると、キャラクターたちのセリフの裏にある意図や、張り巡らされた伏線がカチリと噛み合う快感を味わえます。ぜひ、アビスのより深い闇に足を踏み入れてみてください。


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